父親は「少年のよう」でいられても母親は「少女のよう」ではいられない。 - はっぴいな育児をもとめて

父親は「少年のよう」でいられても母親は「少女のよう」ではいられない。

こんにちは。年度末、なにやらモヤモヤとどす黒いものが渦巻いています。こんな思いをされたことはありませんか?

父親は
「少年の心を持ってるんだね。まだまだ若いね〜」
「しんどかったら、ゆっくり休んだらいいんやって」
「いつも一生懸命働いているんだから、休日くらいゆっくりしたらいいんやって」

などなど、とっても皆さんから労られるんですよね。
もちろん、父親の稼ぎがないと生活できないので当然なのですが、
なんだかモヤモヤするのです。


私のモヤモヤの原因


◉母親は24時間365日休むものではない
◉父親をゆっくりさせてあげなければならない
◉子供のことで父親を煩わせてはいけない
みたいなことが見え隠れしていることです。

母親の病気は気合で乗り切る。父親は布団で休む


こんな構図ありませんか?
父親は仕事を休んで病院に行きますが、母親は病院にあまりいかない。
子供が学校や園に行ってたら、そのすきに行くことはできますが、自宅で一緒の場合は無理です。
気合で乗り切るしかないのです。

父親は毎日一生懸命働いているので、休日はゆっくりさせてあげる


これって、確かに休みの日はゆっくりしたいと思います。
でも、普段父親と遊んでいない子供たちがいるわけです。
子供たちはお父さんと遊びたい。
でも、お父さんは休みたい。遊ばない。
機嫌の悪い、子供とお父さんを抱えることになる。

という構図。
いや、母親だってそれなりに毎日しんどいんだよ。
家事育児が好きで得意な人ばかりじゃないんだよ。
私は、家事は苦手だし下手だしできればやりたくないんだよ。
こんな女もいるんだよ。
仕事だけでいいんだったら代わりたい。
でも、私は父親のように稼げない。
だから、仕方がないんだけど・・・。

子供のことは母親に責任があるの!?


小学校に入ると「保護者の方」と言われることが圧倒的に多くなります。
でも、保育園・幼稚園の場合はなぜか「お母さん」と言われることが多いです。

ご飯の食べ方、衣類の着脱、生活態度等々・・・。
できない場合は母親の責任
よくできている場合は父親のおかげ

これってなんで???

確かに、「しつけ」にかんしてお父さんが介入してくれると
うまくいくことが多く、どんどん介入してほしいです。

でも、帰りが遅いこともありなかなか難しいです。

そしたら、出来ない場合なぜ「母親の責任」なんですか!?「保護者の責任」じゃないの!?

先生とよく出会うのは母親だから先生も「つい」お母さんと言われるのだと思いますが(そう思いたい)でも、小学校のように「保護者」でいいよ。

そんなチョットのことで・・・と思われるだろうけれど、同じようなことを親族には耳にタコができるくらい言われているから神経質になっているんだよ。

収入がない場合、圧倒的に地位が低くなる


色々と、どす黒いものを吐き出してしまったのですが、結局のところ収入がない(低い)母親の地位は低いのです。「働かざるもの食うべからず」でしょうか。家事育児は収入にはならないので、いくら頑張っても地位向上には貢献してくれません。でも、できていないと大いにマイナスにはなります。(これ、厳しい)

だからと言って、今の状態を抱えて仕事に行くこともできない。

じゃあ結局どうなのかというと


結局、こういった状態になるのは仕方がないと思うし、生活していくにはある程度の分業がいいのだろうと思います。
二人とも働いていると、常にどちらかが職場に
「すみません、早退します」
「すみません、休みます」
「すみません、残業できません」等々言う必要が出てくるので。
残業を減らすとか、女性が働きやすいようにとかありますが、それこそ今の段階では夢の話でしょう。
「仕事だけに専念できる環境」というのが「仕事をしている本人の一番ストレスが少ない環境」というのもしんどい話ですが実際そうなんですよね。

わかってはいるけれど、納得できていない。だけ。

「どんなに仕事がしんどいかわからないだろ」と言われるかもしれないけれど、以前はそれなりに社会人として仕事をしているので、「仕事」がどんなことかはある程度はわかります。(同じ仕事をしていたわけではないので、ある程度ですが)。だから「早退したい」「休みたい」「残業できない」と言うことが言いにくいのは、ものすごくよくわかります。

でも、「仕事をやめて無収入で家事育児を一手に引き受ける」経験をされた方って「仕事」をした経験がある方よりも少ないのではないでしょうか?

これって、想像以上にしんどいんです。何がしんどいのかというと
「無収入なこと」
今まで、「収入」があることで「承認欲求」満たされていたのです。
働いた対価が目に見えてわかりましたから。
(多い少ないは、また別です)
今は、それがなく、私の存在は代替可能な「なにか」だと思ってしまう。

だから、「承認欲求」が少しでも満たされるともう少しドロドロしたものがましになるかなと思うわけです。
「できてないことでなくて、できていることをみて!!」

あー、これって多分子供が親に対して思っていることと一緒だ。


「少女のよう」ではいられないといいつつ、
見た目はアラフォーでも中身は「少女」なんだとなんとなく悟ってしまった。

こういったところが、親族から色々ご指摘をいただく原因なんだろうな。
さ、今日はやっと子供が元気になったから後回しにしていた家事をがんばろ!!
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